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名古屋地方裁判所 昭和25年(ヨ)230号 決定

申請人 全日本自動車産業労働組合トヨタコロモ分会

右代表者 執行委員長

被申請人 トヨタ自動車工業株式会社

一、保証金貳万円

二、主  文

被申請人会社の従業員就業規則中昭和二十五年五月二十九日より実施した変更部分の効力は本案判決確定に至るまでこれを停止する。被申請人会社は右停止期間中従前の就業規則によらなければならない。

申請費用は被申請人会社の負担とする。

三、理  由

被申請人会社には昭和二十四年八月一日より実施せられている従業員就業規則があり、被申請人会社は昭和二十五年五月二十九日その内容の一部を変更して岡崎労働基準監督署にその届出をなしたことは当事者間に争のないところであるが、申請人分会は右就業規則変更の効力を争うから、まずこの点について一応の判断を試みる。

(一)  右変更前の被申請人会社の就業規則を見ると、その前文には「この就業規則は、トヨタ自動車工業株式会社(以下会社という)が全日本自動車産業労働組合トヨタコロモ分会(以下分会という)の同意を得て定めたものであり、会社及び分会はこの規則を遵守して誠実にその義務を履行しなければならない」と定め、又その第八十二条には「この規則の改廃及びこれに基く諸規則の作成は分会の同意を得て行う」と規定している。

そこで右就業規則第八十二条に見るように、就業規則それ自身の中にその改廃の手続につき制限を設け、会社の独断にては改廃をなさず分会の同意を得て行うと規定した場合、右規定は一体如何なる意義を有するか又会社が右規定に違背し分会の同意を得ずして改廃をしたとき如何なる効力を生ずるか、就業規則がもともと労働基準法の命ずるところにより使用者の義務としてその一方的行為により制定するものなる関係上多少の疑問あるを免れない。しかしながら、右のように就業規則はその本来の性質上使用者の側で一方的に制定するものであるとしても、一旦それが制定せられた以上、一個の法的規範として関係者に対し一般的妥当性を有し、企業の構成員はすべてその拘束を受けるのであり、制定者たる使用者といえどその例外をなすものではないと解するを相当とする。したがつて前記のように、就業規則中に被申請人会社は申請人分会の同意を得て就業規則を改廃すると規定した以上、右は被申請人会社に対しても当然拘束力を有し会社は分会の同意を得ずして就業規則の変更をなすことを得ず、もし敢えてこれをなすもその効力を生ぜざるものと為さざるを得ない。しかるに、被申請人会社が昭和二十五年五月二十九日前記就業規則を変更する際申請人分会の同意を得る手続を経なかつたことは当事者間に争のないところであるから、右は就業規則の変更として不適式であり、その効力を発生せざるものと認めるの外ないであろう。もし被申請人会社が右就業規則を有効に変更しようと思えば、改めて申請人分会との間に交渉を重ね、その同意を得なければならないがここに注意すべきことは、申請人分会は右就業規則の変更が何人においても首肯すべき合理的根拠をそなえる場合には無暗にその同意を拒むことを得ないのであつて、もし不法にその同意を拒絶するならば、それは同意権の濫用と称すべきであつて法律の許容せざるところであり、被申請人会社は分会の同意を得ないままその変更を為しうること勿論である。

(二)  労働基準法第九十条によれば、使用者がその就業規則を変更するためには労働組合(当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合)の意見を聴かねばならぬことが明かであるが、被申請人会社が前示就業規則を変更するに当り適法に申請人分会の意見を聴取したかどうかの点を検べて見よう。被申請人会社が昭和二十五年五月二十四日申請人分会に対し「就業規則の改正につき協議をしたい、会社案は大体左記の通りであるからこれに対する貴分会の意見を来る二十九日午前十時までに書面をもつて提出されたい、もし囘答なきときは意見なきものとして処理する」旨通告し、右通告書には会社案の就業規則中改正部分が摘記されていたことは当事者間に争のないところである。これによると、被申請人会社が申請人分会に対し附与した意見の提出期間は時間的には必ずしも不相当なものと言えないが、右改正部分の重要性に比照してその意見の聴取方法につき果して遺憾の点がなかつたであろうか。申請人提出の疎明資料によると、申請人分会は右通告に接するや被申請人会社に対し「現行就業規則は昭和二十四年八月一日改訂施行せられ現在までその運営につき何等支障なかつたことは記録の上でも明かである。会社は今度の規則改訂につきその変更を必要とする理由をなんら明示していない。従来かかる問題は経営協議会又は団体交渉において審議することが慣例となつている」旨囘答し、もつて会社に対し就業規則改訂の具体的理由の説明ありたきこと及び経営協議会又は団体交渉において分会の意見を申述ぶべきことを提議している。そもそも本件就業規則の変更はその変更の内容が前記就業規則前文及び第八十二条を削除しその第八十一条(就業時間、休日、解雇条件その他に関する規定)を改訂する等従業員の労働条件に重大なる影響を及ぼす問題を包含しており、申請人分会がこれに対し慎重な態度に出たことは至極尤もなことと思われるし、又被申請人会社も右の点を考慮し申請人分会の意向を十分に尊重する心算であつたことは、被申請人会社提出の疏明資料(乙第九号証)によると同年五月三十日会社対分会の従業員整理問題に関する団体交渉の席上次のような問答が交されていることに徴しても推測できるところである。組合側「就業規則を変更したいと会社から申入があつたが今日はできない。この次の団交で組合側の意見を申上げる」会社側「できるなら協議したい。意見は文書でやつて貰いたい。意見を早く聞かして貰いたい」組合側「文書でやることは時間がかかるし労働条件の変更だから当然団交で協議すべきである、団交は毎月やりたい。その間は変なことはせぬように」会社側「変なことはしない」以下略。このような事情を合せ考えると、被申請人会社は前述のように申請人分会の意見提出期間を一応同年五月二十九日までと指定したものの、必ずしも右期間の厳守を要求した譯ではなく右期間の経過後においても出来れば分会と協議をなし、就業規則変更の具体的理由を説明し且つ組合の確定的意見を聴取する意思であつたことを窺知するに難くないのである。したがつて前記のごとく、同年五月二十九日(右団体交渉の前日)被申請人会社より岡崎労働基準監督署に対し就業規則変更の届出(分会の意見書と見らるべきものは何等添付されていない)が提出されたことは、恐らくなんらかの手続上の過誤にもとづくものと考えられるのであり、未だ申請人分会の意見を聴く段階に達せずしてなされた不適式の届出と称するの外はない。しかして被申請人会社のかような処置は労働基準法の前記法条に違反すること明かといえるから、本件就業規則の変更はこの点から見ても効力を生じないと解せねばならない。

以上のような訳で、本件就業規則の変更は一応無効と判断せられるのであり、且つ申請人提出の疏明資料によれば、申請人分会の組合員は目下右就業規則の変更によつて著しく不利益な取扱を受けるおそれある立場におかれており、就業規則変更無効確認訴訟の本案判決確定を待ち得ない緊急の状態にあることが疏明せられるから、右本案判決確定までの応急的措置として就業規則変更の効力の停止を求める本件仮処分申請は理由があるゆえこれを認容することとし、保証金の供与及び申請費用の負担につき民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十一条、第八十九条を適用して主文のように決定する次第である。

(裁判官 山口正夫 奥村義雄 杉山克彦)

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